Lesson2-4 心の余裕

心の余裕が生じる

部屋を片付けて整理することで生じる三つめの余裕は、「心の余裕」です。

Lesson2-2では「時間の余裕」を、Lesson2-3では「金銭的な余裕」をご説明しました。「心の余裕」は基本的にはこの2つから生じるものですが、片付けによって生まれる心の余裕はそれだけにとどまりません。

Lesson1でもご説明した通り、片付けには心理的側面と技術的側面が存在します。

片付けの心理的側面として、自分を縛る余計な「思い込み」を捨てて柔軟な発想で物を考えることの大切さをご説明しました。片付けや収納のテクニックを身に着けているということは、すなわち「これらの思い込みを捨てて自由な発想で部屋の片付けが出来る人」であると証明されたようなものなのです。

自由な発想ができる人、思い込みに縛られない人になるのはそう簡単なことではなく、頭を柔らかくするためのトレーニングを積み重ねなければ簡単には到達できません。これは世の中のあらゆるものの基本ですが、何かを習得するためには習得するための訓練が必要になるものです。

一方で、ある特定のものをやり込むで別のスキルを磨くという考え方も存在します。パズルゲームをやり込むことでパズルを解くための論理的思考が必然的に手に入るとか、本をたくさん読むことで思考力や想像力が鍛えられて必然的に国語の成績があがるとか、そのような考え方ですね。

片付け術や収納術は一見「部屋を片付ける」という実用的なテクニックだけが伸びそうですが、その課程には頭を柔らかくしなければ実践できない項目も多数含まれています。パズルや読書と同じように、片付けを学びながら「頭を柔らかくする」ためのトレーニングも出来てしまうのですね。

片付けとセレンディピティ

本来の目的とは違うものを発見したり、探し物とは別の価値あるものを見つけることをセレンディピティ(serendipity)と呼びます。

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これは古くからある言葉ではなく、18世紀のイギリスの小説家、ホレス・ウォルポールという方の造語です。彼が子供の頃に読んだ童話の中に、セレンディブ(スリランカ)の三人の王子が「旅の途中で意図しなかったものをたまたま発見する」というお約束のような筋書きが展開されるものがありました。大人になったウォルポールは、友人への書簡の中でこのような意図せぬ発見のことを「セレンディピティ」と書き表しました。こうして童話から生まれ政治家によって育まれた表現は、時代が下るにしたがって一般に広まっていったのです。

私たちは部屋を綺麗にしようという目的で掃除や片付けを行います。その途中で思いがけないところからまだ読んでいなかったマンガが発掘されたからついつい読んでしまった、とか、アルバムの中に挟んであった友人からの手紙を見つけた……これらは片付けの目的からは外れるもので、場合によっては片付けを邪魔する要素でもあるのですが、しかし思いがけない嬉しい発見には違いありません。これもセレンディピティです。

先ほど上げたような「片付け術を学ぶ過程で柔軟な考えを身に着ける」のは、まさに片付けている途中で思いがけないものを見つけるようなものです。もちろん私たちは最初からこのような副産物を狙って片付け術を学ぶわけではありませんが、片付け術のついでに手に入れた柔軟な発想は、きっとあなたの生活を快適にして心の余裕を生み出してくれるでしょう。

「部屋が片付いている」という状態が生み出す余裕

片付けによって生じる余裕はそれだけではありません。何を当たり前なことを、と仰られるかもしれませんが「部屋が片付いている」という状態そのものが、すでに大きなメリットとなっているのです。

綺麗な部屋にはメリットがある。まるで「早起きは三文の得」のような言い回しですが、実際に片付いている部屋に住んでいると、見えないところでいくつものメリットが生じているのが分かります。

綺麗な部屋は自信の源

部屋を片付ける、というのはある種の能力であり、スキルです。したがって、部屋が綺麗に片付いているということは、自分は部屋を片付けるだけの実力を持つ有能な人間であると常に証明されているようなものです。

一方、部屋が汚れている人、片付いていない人は常に劣等感に襲われる可能性があります。一般には「部屋を片付けるのは誰にでも出来ること」だと誤解されていますので、自分は部屋を片付けるという人として当たり前のことさえ出来ない人間なのだ、と落ち込んでしまいがちなのです。もちろん、片付けは生まれたときから得ている能力ではないのですから、そのような思い込みで自信を喪失するのは筋違いなのですが、以前のLessonでもご説明した通り、思い込みを捨てるのはそう簡単なことではありません。

この感覚は化粧や身だしなみ、髪型の整え方、ファッションと似ています。ちょっとやり方を学んだりコツを掴んだりするだけで、今まで容姿に気を使っていなかった方が見違えるように綺麗になったり急にモテ始めたりする例は枚挙に暇がありません。美しくなれば鏡を見るだけで満足感を覚えるものですし、他人からの高い評価は自信に直結します。

急な用事にも対応できる安心感

生活必需品などを捨てると、いざというときに買い物に行かなくてはならなかったり、急に必要になった時に即座に対処できないといった問題が生じる可能性があります。そのデメリットを抱えていても、余計なものを捨てる方が結果的に時間や場所の節約になる……これが片付け術を支える大きな柱でした。

しかし、ここでデメリットとして挙げた「必要なものを片付ける・捨てると急に対処できない」とは逆に「片付ける・捨てることで素早く対処出来る」事例もあります。それは急な来客やホームパーティーなど、自宅に他人を招く際の心の準備です。

汚い部屋・片付いていない部屋にお客さんを招けるでしょうか?

招ける人もいるでしょう。しかし、世の大半の方は躊躇ってしまうのではないでしょうか。「ちょっと片付いてないんだ、申し訳ない」と言えば、お客さんも気を遣って「いえいえとんでもない、お邪魔します」などと答えてくれるでしょう。とはいえ、常にそのような挨拶を交わすのは、あまりよろしいことではありません。

「この人は部屋を片付けられないんだ」と軽く見られてしまう可能性もありますし、お客さんを招く度に「こんな部屋でくつろいでいただけるだろうか」と気を揉むようでは心の落ち着く暇もありません。やはり、綺麗な部屋を維持しておいて、いつ招かれても大丈夫なようにしておく方が落ち着いて行動できるものです。「ホームパーティーやクリスマス会で広い部屋を使いたい……!」といった急な需要にも対応できるのは、部屋を片付けられる人の強みです。

何より大事なのは、部屋を片付けることで躊躇いなく新しいことを始められることでしょうか。趣味でもなんでも構いません。ガーデニングでも蕎麦打ちでも好きなものを想像してみてください。あなたは早速新しい趣味を始めようとします。にも関わらず、部屋が片付いていないとしたら、どうしても「先に部屋の掃除をした方が良いのでは?」などと考えてしまいませんか?

部屋が片付いていないのは心にしこりを残しているのと同じことです。本当にやるべきことを放置して何か新しいことを始めようとしても、スムーズに手を付けることができない。後ろ髪を引かれるような気持ちで新しいことを始めなければならない。しかし、綺麗な部屋に住んでいるならそのような心配は無用です。

人は総じてマルチタスクの苦手な生き物です。仮に二つの仕事を同時にやるとしましょう。「仕事Aに手を付けつつ空いた時間で仕事Bを処理する」「仕事Aを処理してから仕事Bに手を付ける」だと、前者の方が効率が良い可能性は非常に高いのですが、人によっては一つずつ順繰りに済ませてしまわないと脳が処理しきれないことも多々あります。

部屋が片付いていない状態は「未処理の仕事」が常に手つかずのまま脳の中の一スペースを占めているようなものです。片付け術を身に着け、こちらを先に済ませてしまえば、あなたは本来の実力を発揮できるようになるかもしれません。片付けや整理から心の余裕が生まれるとは、このようなことをも意味しているのです。