片付けにまつわる心理的な問題
前回のLessonでは「物を捨てる」という考えた方についてご説明しました。今回のLessonでは、もう少し踏み込んで「片付けを邪魔する思い込み」について考えてみましょう。
あなたを縛る「思い込み」
こうしなければならない、という思い込みはいい方向に作用することもあります。
たとえば「1日3食きちんと食べなければならない」という「思い込み」について想像してみましょう。日本人が1日3回食事をとるようになったのは、貴族や裕福な階級の人々を除けば明治時代に入ってから定着したものです。日本人は千年以上も前から1日2食の生活を続けているということを考えれば、その方が伝統的で健康にいい食事方法である可能性もあります。さて、人間にとって1日3回の食事は最適解なのでしょうか?
科学的には回数を小分けにした方がダイエットなどには向いているという話もありますし、妊娠中や幼少期には食事を少量ずつ、なるべく回数を増やして摂るのが一般的です。しかし、単に栄養を取るだけなら、力士のように1日2回で十分でもあります。
つまり、私たちは必ずしも朝昼晩にごはんを食べなければならないとは限りません。ある程度は栄養学に裏打ちされている面もあるとはいえ、それは思い込みの域を出るものではありません。
とはいえ、その思い込みのおかげで私たちは毎日3回栄養を摂取しているわけで、これが結果的に健康的な生活に繋がっているという方も多いでしょう。1日2食では必要なカロリーを満たせなかったり、野菜や食物繊維が不足することで便秘気味になってしまったり、逆に食べ過ぎて太ってしまうことはままあります。このように、ある程度は科学的な根拠のある思い込みが役に立つ事例は多々あるのです。
しかし、全く無駄な「思い込み」に縛られてしまう人も世の中にはたくさんいらっしゃいます。たとえば……
- 「平服で結構です」と言われているのにも関わらず、就職活動なのでスーツを着て面接に行く
- 12月はとても忙しいのに、何とか暇を見つけて元旦に届くように年賀状を書く
別にこのような「思い込み」を信じたからといって損をするとは限りませんが、そのために行動が縛られて自由を制限されるのはあまり良いことではありません。掃除や片付け術に関しても、このような思い込みのせいで手間が増えたり、却ってコストのかかる選択をしてしまうというのは珍しいことではありません。

たとえば前回のLessonで取り上げた話ですが、読むかどうか分からない本を残して置いたり、いつでも手に入る日用品のためにスペースを確保するというのは、悪い「思い込み」の代表たるものです。いつでも手に入るものは手放しても構いませんし、いつでも手に入るとは限らないものであったとしても、捨てた方が結果的に得をする可能性があります。
あなたの片付けを邪魔する有名な思い込みを一つ挙げてみましょう。
必要なものはすぐそばに?
こんなことを考えたことはありませんか?
「必要なものは手の届くところに置いておかなければならない」
部屋が片付かない人はこのような「思い込み」を抱えてしまいがちです。これは良い思い込みなのでしょうか? それとも悪い思い込みなのでしょうか?
必要なものを常に手元に置いておく。この考え自体は決して悪いものではありません。必要なもの、使用頻度の高いものを自分の身近な場所に置いておけば、取りに行くための手間も大幅に削減できます。食卓に醤油さしを置いておけば、お刺身を食べる時にわざわざ冷蔵庫まで歩いていく必要はなくなります。
しかし、このように正しそうに見えるからこそ、思い込みに「穴」があることに気付かないのです。
先ほど上げた醤油さしや食卓塩のように、ずっと食卓に置いておく方が便利なように見えるものですら、実は本当に便利なのかどうかは分からないのです。試しに一週間の食事内容をカウントしてみてください。その中に、調味料を使ったものはどれだけありましたか? 朝はシリアル系の朝食で済ませて昼は外食、夜はお弁当を買ってくる、といった生活を送っている場合、食卓に調味料を並べておく必要はほとんどありません。
また、昔の卓袱台のように「食事が終わったら立てかけておくことが出来る」タイプの食卓を使っている場合はどうでしょう。食卓に調味料を置きっぱなしで放置していたら片付けることができません。もし必要なときだけ調味料を冷蔵庫から取り出すという習慣が身についていたら、食事以外は常に食卓用のスペースを広々と使うことが出来てしまいます。もし片付けるタイプの机ではなかったとしても、上になにも置かれていないのであれば、安心して他の用途に使うことが出来ます。
このように「必要なものを常に手元に置いておく」という考え方は、時と場合によって片付けを阻害する「思い込み」になり得るのです。
大事なものを手の届くところに置かなくても良い
世の中には「自分の行動範囲」を設定し、その行動範囲の中で日常生活を送るのに支障がないようにものを置く場所を決める……という片付け術も存在します。
これは教えとしては非常に合理的です。あなたが家を出てから駅まで歩いていく道を想像してみてください。途中にコンビニやレストラン、雑貨屋さん、大型のスーパーマーケット、郵便局や宅配便の受付所などがあるとしましょう。しかし、ドラッグストアだけ駅を挟んで自宅と反対側にあったとしたらどうでしょう?
もしあなたが自分の住みやすさだけを重視する場合、家から駅までの間にドラッグストアがあると大変便利です。病気や風邪に限らず、マスクやサプリメント、シャンプーや安眠グッズが欲しいと思ったとしても、通勤通学の途中で買い揃えることが出来てしまいます。とはいえ自分の利便性のために建物の場所を変えるなんてことはできないので、普通の人は利便性の高い場所を選んで住む必要があります。
これが自分の部屋であれば「使いやすいように使用頻度の高いものを行動範囲内に置く」という形で部屋を整理してしまうことも可能です。ベッドから玄関までの間に衣装ダンス、仕事机、トイレ、姿見と並べてしまえば、起床後すぐに着替え、仕事用の道具をかき集めてトイレを済ませ、身だしなみをチェックして出勤という流れを作ることも可能です。
しかし、それは本当に綺麗な部屋なのでしょうか?
実はこれも片付けを阻害する可能性のある思い込みなのです。必要なもの、使用頻度の高いものを自分の行動範囲に置いておけば、確かに生活は便利になりますが、そのぶん部屋の家具などの配置に無理が生じてしまい、かえって部屋が汚くなってしまう可能性もあります。
こういうときは発想を変えることが重要です。「ものの配置に合わせて自分の行動範囲を変える」という大胆な切り替えが必要です。自分の行動範囲に合わせて物を置くのではなく、自分の行動範囲を変える。そうすることで最も片付けに向いた場所にものを配置できるようになるのです。辞書を常に机の上に置いておくのではなく、書棚に片付けておくことで机の上を広々と使えるようにする、というような発想の転換です。
先ほどのたとえを用いれば、「ドラッグストアにしか置いてないものは通販で頼む」でしょうか。通販で頼んだものをコンビニで受け取るような生活にすれば、ドラッグストアのある場所まで赴かなくとも必要なものは揃います。他にも、ドラッグストアまで歩いていくついでに途中の公園に立ち寄る、散歩をランニングなどの運動に変えてしまうといった様々なアイデアがあります。
物を自分の行動範囲に合わせて配置するのではなく、物の配置に合わせて自分の行動範囲や生活習慣の方を変えてしまう。そのような柔軟な発想が可能になれば、「この場所に置かなければならない」という思い込みからは解放され、真に自由な片付けができるようになります。柔軟性を身に着け、不要な物と一緒に不要な「思い込み」を捨てること。それが綺麗な部屋への大きな一歩に繋がるのです。